DBS

知る人ぞ知る治療法 「脳深部刺激療法(DBS)」

脳深部刺激療法(DBS)

脳内の信号異常を整える「脳のペースメーカー」

難治性のうつ病の新たな治療方法として、欧米などで研究が進められているのが、脳深部刺激療法(DBS)です。
脳深部刺激療法(DBS)は、もともとパーキンソン病、振せん(ふるえ)、ジストニア、トゥレット症候群などの不随意運動障害(自分の意思とは関係なく身体に異常な運動が表れる病気)の治療法として、1995年頃にフランスで開発されました。不随意運動障害は、脳の深部にある視床や視床下部における信号伝達の異常が原因であるため、そこに人工的な電気刺激を与えてコントロールするというのが、脳深部刺激療法(DBS)の基本的な考え方です。外科手術で脳の深部に電極を置くとともに胸の皮下にパルス発生装置を埋め込み、両者を皮下に通したワイヤーで結んで脳に適切な刺激を与えることから、「脳のペースメーカー」とも呼ばれています。脳細胞を破壊することがなく、患者がパルス発生装置のスイッチを携帯することで、刺激の強弱を調節したり中止したりすることが可能です。その一方で、パルス発生装置のバッテリーの充電や交換の必要があるほか、心臓ペースメーカーと同様、電波の発信源にはできるだけ近づかないなどの注意が必要です。
なお、脳深部刺激療法(DBS)は、不随意運動障害の治療法としては既に確立したものであり、日本でも2000年から「振せん」および「パーキンソン病による振せん」の治療で健康保険の適用がなされています。しかし、うつ病への応用は、日本精神神経学会が精神外科に否定的なことから行われていません。現在、欧米の治験データをもとに研究が行われています。

薬が効かない重篤なうつ病患者が劇的に改善する例も

脳深部刺激療法(DBS)による治療の対象とされているのは、一般的な薬物療法や心理療法では症状の改善が見られない慢性的で重篤なうつ病です。
アメリカとカナダの医師は、重いうつ病患者の脳をスキャンし、「25野」と呼ばれる部分の活動に異常があることを発見しました。25野は脳の中心部のやや前方にあり、不安や悲しみなどの感情をつかさどる扁桃体と、判断・意欲・興味をつかさどる背外側前頭前野の働きを調整するエリアです。食欲・睡眠・運動を司るエリアともつながっています。つまり、25野に異常が生じると、うつ症状が出て、食欲・睡眠・運動の機能にも障害が起きると考えられるのです。そこで、この部分にDBS治療を施したところ、15人中10人に症状の改善が見られました。また、ドイツでは、快感ホルモンと言われるドーパミンを分泌する側坐核や、運動機能や意思決定に関わる腹側線条体などに注目した治験も行われています
DBSによる治療はまだ始まったばかりですが、手術を受けた患者の多くに、大幅で迅速な改善が見られたと報告されています。アメリカとカナダのチームの治験では、手術を受けた患者のすべてが、電気刺激を開始して15~20秒ではっきりとした安心感と静けさを得るようになり、治療開始後半年ほどで35%が寛解状態になったと報告されています。患者自身も「新しい自分に生まれ変わったようだ」と語っています。

日本の精神医学会が神経外科治療に否定的な理由

しかし、脳深部刺激療法(DBS)の精神疾患への応用に、疑問を抱く医師や研究者も少なくありません。すなわち、意図的・選択的に脳の特定箇所を刺激して得られる症状の改善は、本当の意味で病気の克服と言えるのだろうかという疑念です。特に日本では、1940~1950年代に世界的に行われたロボトミー手術に対する反省から、精神外科治療には否定的です。ロボトミー手術とは、自殺企図や暴力的行為を伴う精神疾患患者に対し、前頭葉の一部を外科的に切除することで症状を抑制する治療法です。しかし、この手術は必ず成功するものではなく、人格変化や無気力化、感情の欠損といった深刻で不可逆的な副作用があったことから、危険で非人道的な治療だと批判され、行われなくなりました。
一方、欧米では、こうした批判を受けて、現在までに適切な研究治療管理体制が確立していること自殺という最悪の結果を防げるのであれば、それは一つの有効な選択肢であるとの考えから、前向きな研究が進められています。強迫神経症やアルツハイマー病など、うつ病以外の脳・精神疾患への応用研究も、始まっています。

Top photo  by Andreashorn – Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=40251125

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