知る人ぞ知る治療法 左右の眼球運動でトラウマを軽減する「EMDR」

知る人ぞ知る治療法 左右の眼球運動でトラウマを軽減する「EMDR」

EMDR

患者への負担が最も少ない脱感作療法

眼球を左右に動かすことによって、繰り返し起きる不快な記憶のフラッシュバックとそれにより生じる不安感などを軽減するという、一風変わった治療法が、EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作および再処理法)です。「脱感作(だっかんさ)」とは、もともとは生物学の用語で、アレルギーの原因となる物質を、少しずつ増やしながら体内に注入して、過敏な反応を減らしていくことを意味します。精神医学分野では、ネガティブな感情を引き起こす刺激を徐々に強くしながら繰り返すことで、不安や恐怖を乗り越えるという「系統的脱感作」という治療技法が行われています。

EMDRは、アメリカの臨床心理学者であるフランシーン・シャピロ博士が1989年に発案した治療法で、その中核は、医師やセラピストが左右に振る指(または左右に点滅する光)を、クライアントが目で追いながらトラウマを引き起こした出来事を想起するというものです。発案者であるシャピロ博士が、自身のトラウマを想起しながら両眼を動かしたところ、不快な気持ちが軽くなったことにヒントを得て開発されました。比較的新しい治療法ですが、さまざまな研究により有効性が実証されています。2013年には、WHOが「患者の負担が最も少ないトラウマの治療法」として推奨しました。また、トラウマと深く関わるPTSDパニック障害解離性障害などへの適用も行われているほか、ネガティブな感情や考えをコントロールする方法として、スポーツやビジネスにおいても応用可能とされています。

脳への左右交互の刺激がトラウマ記憶を再処理

EMDRがトラウマを軽減するメカニズムは、完全には解明されていませんが、脳に左右交互の刺激を与えることに深く関わっていると考えられています。トラウマとなるつらい体験を思い出したとき、人は感情を司る右脳が興奮する一方、論理的に考えたり記憶を処理したりする左脳の活動が低下します。そのような状態で脳全体のバランスが崩れると、心身に異常をきたし、パニック発作などが起きるとみられているのです。また、人は寝ている間にレム睡眠(身体は休んでいても脳は活発に活動している状態)とノンレム睡眠(脳も休息している状態)を繰り返します。レム睡眠のときに嫌な記憶を消去したり、学習した内容を定着させるなどの記憶の整理を行いますが、このとき眼球は左右に素早く動いています(睡眠のメカニズムを参照)。これらのことからEMDRは、左右の脳のバランスを整えると同時に、覚醒中意図的にレム睡眠時の眼球の動きをさせることで、記憶の再処理を行っているのではないかと考えられます。

従来、トラウマの改善には、「暴露療法」を用いることが一般的でした。暴露療法とは、トラウマとなった出来事について詳細に書いたり言葉で話したり、出来事のあった現場へ行くなど、苦痛をあえて追体験することで慣れていく療法です。これに対してEMDRは、つらい出来事の詳細を表現する必要がなく、その時間も短いことから、クライアントの精神的ストレスが少なくてすむというメリットがあります。また、EMDRの「左右の刺激」の応用として考案された「バタフライハグ」は、胸の前で腕をクロスして両肩を交互にパタパタとたたくというもので、子供もできるシンプルなセルフヘルプとして注目されています。

劇的な効果がある一方、副作用が出る場合も

実際のEMDRの治療方法は、以下の8つの段階を踏んで行われます。

① ヒアリング
→生育歴や病歴を踏まえ、解消すべき問題(ターゲット)を決定する

② EMDRについての説明
→どんな方法で治療するかを理解する

③ 否定的認知・肯定的認知・身体感覚の評価
→ターゲットに関連しての否定的認知と肯定的認知、ターゲットと否定的認知が結びつくとどの程度不快感があるのか、といったことの調査と確認

④ 脱感作
→問題と否定的認知を想起しながら、眼球運動を行う(1秒2往復、24往復1セットが基本)

⑤ 再処理
→問題と肯定的認知を想起しながら眼球運動を行う

⑥ ボディスキャン
→問題と肯定的認知を想起しながら、心の中で身体をスキャン。身体感覚に緊張が残っていたら、それをターゲットとして眼球運動を行う

⑦ 終了
クライアントの感情が安定した状態で面談を終了する

⑧ 再評価
次回面談の最初に、ターゲットへの不快感やネガティブな反応がどうなっているか調べる。残っていたら、再度、脱感作を行う

EMDRは、臨床で多くの患者に劇的な効果が認められていますが、誰にでも100%効果があるとはいえません。また、治療後一時的にうつ状態に陥るなどの副作用も報告されていますので、きちんと技法を学んだ有資格者の治療を受けることをおすすめします。現在、日本では、精神科医や臨床心理士でEMDRの国際資格を持つ専門家が全国に1500人以上います。また、すべてではありませんが、治療を保険適用としているクリニックや病院もあります。どこへ行けば治療を受けられるのかについては、EMDRの学術研究と治療法の普及などを目的とした「日本EMDR学会」の公式Webサイトにリストがあります。

日本EMDR学会
https://www.emdr.jp/

<参考動画>
・EMDR(英語版 ※字幕スーパーはありません)
https://www.youtube.com/watch?t=5&v=nylajeG6uFY

こころにいいもの・いいことサイト