アッシジの聖フランチェスコの「平和の祈り」

アッシジの聖フランチェスコの「平和の祈り」

『フランチェスコの平和の祈り』

神よ、
わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。

憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。

慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように。

わたしたちは、与えるから受け、ゆるすからからゆるされ、
自分を捨てて死に、
永遠のいのちをいただくのですから。


 

この祈りの言葉は「フランチェスコの平和の祈り」と呼ばれ、マザー・テレサヨハネ・パウロ2世マーガレット・サッチャーなど、著名な宗教家や政治家によって演説の中で引用されるなどして有名です。

「フランチェスコ」とは、フランチェスコ会の創設者として知られるカトリック修道士「アッシジの聖フランチェスコ(1182年 7月5日 – 1226年10月3日)」に由来しています。それゆえこれは、聖フランチェスコによって書かれたものとの誤解が広がっていますが、実際はフランチェスコが生きた時代から数百年後、まったくの別人によって書かれ、「ミサにおける美しい祈り」と題されて1912年にフランスのカトリック信徒団体の月次報告書に掲載されたものでした。
その後、この祈りは教派の壁を越えてプロテスタントにも広がり、1927年以降は「アッシジのフランチェスコによる平和の祈り」として、第一次・第二次世界大戦を経て世の中に広く知られるようになります。

この祈りが「聖フランチェスコ」の名前を冠するようになったのは、祈りの言葉がフランチェスコの生き方に即しているからだと言われています。
聖フランチェスコは中世イタリアの最も誉れ高い聖人のひとりで、12世紀末、イタリア、ウンブリア地方アッシジの富裕な織物商人の子として生まれました。青春時代は放蕩をつくしましたが、大病を患ったり、ハンセン病の人たちと関わるなど様々な体験を通して回心。裕福な生活を捨て、キリストにならい清貧・貞潔・奉仕の生活を守り、「小さき兄弟修道会」(のちのフランチェスコ修道会)を創立、愛と祈りの一生を送りました。
聖フランシスコはあらゆる人を愛し、神によって作られた大切な兄弟姉妹として動物や自然を優しくいたわり、生命の尊さと平和を説き「平和と善の人」とも讃えられています。
祈りとフランチェスコを紐づけたのは、フランチェスコのこのような在り方が、祈りの内容と深い同一性を感じさせるからなのでしょう。

また、この祈りはマザーテレサが愛したことでも有名ですが、なぜこんなにも広まり人々に愛されたのでしょうか。
この祈りは、全体を通じて「憎しみ」に対して「愛」、「いさかい」に対して「ゆるし」などの逆説的な言葉で構成され、最後に「自分を捨てて死に」、「永遠の命をいただく」という究極の表現で結ばれます。
一見、矛盾するように感じられますが、これらの逆説的な表現は、この祈りが、もしかしたら世の中の真実を言いあらわしているのかもしれないと、人々に直感させるのかもしれません。
そして、もし世界中の人々がこの祈りのように生きることができたら、この世から争いや貧困を消し去ることが出来るのではないかという光をも、この祈りは与えてくれているように感じます。
「フランチェスコの平和の祈り」が宗教宗派を超えて世界中の人々に愛されているのは、そのような理由からかもしれません。

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